チーム紹介

"城東ドンキーズ"というこの長く、覚えづらいチーム名。

実は昔は"城東クラブ"と"ドンキーズ"という別々のチームでした。

このページではそんな歴史のあるチームについて紹介します。


城東ドンキーズとは… What is JotoDonkeys.

正式名称 城東ドンキーズ
設立 2010年8月10日
所属協会 東京都ラグビーフットボール協会
リーグ及び大会

葛飾リーグ(1月から4月)

東京都クラブラグビー選手権division1(2019年度)

江戸川リーグ(区長杯)秋季リーグ(9月から11月)

メンバー

常時活動会員:40名

年齢構成:20歳〜60歳

活動

年間試合数:約20試合

活動日:夏季および年末年始を除く日曜日


チームの歴史...the history of JD

城東ドンキーズは2010年8月1日、1989年創設の城東クラブと1972年創設のドンキーズラグビーフットボールクラブが統合し結成されたクラブである。
2018年6月にクラブ初となる、東京都クラブ選手権一部昇格を果たす。

●ドンキーズラグビーフットボールクラブ

1972年10月10日初代会長の服部重次が中心になりチームを結成する。 服部重次は、独協大学在籍中アメリカンフットボール部に所属し、卒業後にもクラブチームのアメリカンフットボールクラブをつくりプレーを続けたいと考えていたが、当時はまだアメリカンフットボール人口も少なく、道具にも金がかかるということで諦めざるをえなかった。

そこで、アメリカンフットボールに比べ競技人口も多く、費用の負担も少ないラグビーなら人も集まりやすいということで、ラグビークラブチームとして「ドンキーズ・ラグビーフットボール・チーム」を結成した。これには、弟の服部弘二氏(後にキャプテンをつとめた)が独協高校ラグビー部のOBでもあったことも影響している。

こうした経緯から当初は、独協高校ラグビー部OBを主体にメンバーを募ったが、現在では特定の学校・職場・地域に全く依存しない会員構成になっている。東京都協会に所属しているが、会員の住居は千葉、埼玉、東京、神奈川にわたっている。

結成以来2002年で30年を迎えたが、チームがここまで存続・発展できたのには歴代リーダーの献身的なチームサポートがあった。

服部重次氏はチーム創立者であるばかりでなく、1976年東京サンデーリーグの結成にも参加、草クラブラグビーの発展に寄与した。 キャプテン在任中に亡くなった故杉浦紀幸氏は、ラグビーショップ「ビックスポーツ」に勤めていたこともあって、従来の地縁・血縁的な人脈だけでなく多様なメンバーが参加する体制に変えることに成功した。 水落信行氏は、高校生で入会して以来、20年以上にわたり選手・スタッフとしてチームの第一線でリーダーシップを発揮してきた。その間、キャプテン・主務・会長を勤めた。

インターネットについては、1998年8月ホームページを開設、順次内容を充実するとともに、各検索およびリンクサイトに登録、ネット上での認知度を向上させることにある程度成功した。今後も、チームの活動を詳細に更新し、ドンキーズの活動を会員およびラグビーに関心ある人に伝えるよう努力したい。

●城東クラブ

1989年4月、東京都立城東高校ラグビー部OBチームとして発足。その後は色々なラグビー歴を持ったメンバーが多数参加する。 創部当初より春・秋の江戸川リーグに参加。東京都クラブ選手権は1991年の第7回大会より参加。

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チームの特徴...the feature of Jotodonkeys.

会員のほとんどはラグビー経験者だが、未経験者でチームに入ってからラグビーを覚えた会員もいる。

チームは、単に集まって試合をおこなうことが目的ではなく、練習により技を磨き・体力をつけ・戦術を統一することを重視している。とはいっても、会員にはそれぞれ個人の事情があるのでいつも練習に来いといっているわけではなく、参加できなくてもチームの動向に関心を持ち、体力の向上や戦術の理解に取り組んで欲しいということである。

会員の標準的なラグビー経験は、高校時代のクラブ活動や大学での体育会・クラブ出身というのが一般的である。また、他スポーツ経験者(バレーボールなど)、外国人(イギリス(イングランド・ウェールズ・スコットランド)、ニュージーランドなど)もおり、多様なメンバー構成になっている。

メンバーお互いが刺激しあい、ラグビーに対する新鮮な気分を持ち続けることができる、そんなチームを目指している。

チームの活動のリーダーシップは、運営スタッフと競技スタッフが分担している。運営は会長がリードし、競技はキャプテンがリードしている。会長とキャプテンは、一年に一回総会で選出される。

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